東京高等裁判所 昭和49年(う)1246号 判決
被告人 椎本邦為
〔抄 録〕
ところが、当審において、被害者の前記証言中に出てきたユキオ君と同一人物であると思われる笠原幸男(当六年)が証人として出廷して被害者の証言と異る証言をするに至った。すなわち、同児の証言によれば、被害者は自分と一緒に車のうしろでアルバムを見たあと、一人で車の下にもぐりこんで遊んでいたが、そのうち車のエンジンがかかったので、自分だけ急いで逃げたというのである。しかし、同児は被害者と同年齢の児童であるので、その証言の証明力と信憑性については慎重に検討しなければならないが、同児は質問に対してあまり積極的な発言はせず、ただうなずいて答えるなど、その証言態度は被害者のそれに比較すると全体としてはやや消極的で頼りない感がしないではない。しかしこれは大人から叱られるような友達の行動についての証言であるから、証言を渋ったとも考えられるし、しかも被害者が車の下に入っていたという点についてはかなり明確にこれを肯定したのである。なお、原審証人小沢政徳も、被害者はこれまで車の下に入って遊ぶことがあったと証言していることを考え併せると、笠原証言の信憑性を増強するものと考えられる。また右笠原幸男が証言するに至ったいきさつについても、格別不自然な点は認められない。これに反して被害者である秋田谷勝之の証言には両親から叱られることをおそれたため自分の落度をかくしたのではないかと思われるふしがある。
以上の諸点を総合すると、被害者が車のうしろに坐っていたとの点については、これにそう証拠もあるけれども、他方被害者が車の下に入っていたのではないかとみられる証拠もあって、一概にこれを否定できない情況があるといわねばならない。従って本件については、被害者の証言等の積極証拠によって原判示の事実を認めるには、なお合理的な疑いが残るといわざるを得ない。そして、原判示の右事実が認定できない以上、被告人が原判示のような注意義務を尽したとしても、原判示の傷害の結果の発生を防止することができたとは断定できないのである。
以上のとおりで、被害者が被告人の後退させた車のうしろにいたと認定した原判決は事実を誤認したと言わざるをえず、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
(浦辺 環 田尾)